ありがとう!ハドソンの高橋名人

5月中旬、ファミコン戦士の間に衝撃が走りました。「あの高橋名人がハドソンを退社」のニュース…高橋名人といえばハドソン、ハドソンといえば高橋名人、が僕らファミっ子の合言葉みたいなものだったので、私もこのニュースを聞いたときはとてもショックでした。


とはいえ、今のハドソンはもうあのころのハドソンとは全然違う会社になってしまっていたので、まぁいつかはこういう日が来るんだろうなぁ…という気がしていたのも事実なのですけどね。そんな名人がハドソンをやめる今日、この日、日本のゲーム史でひとつの時代が終焉を迎えた気がします。


実は私、小学生時代にマンガ雑誌のゲーム記事をコツコツとスクラップしていたことがあり、そのときのスクラップブックが奇跡的に残っていました。今日あらためて記事を見たんですが

こちらの記事はまだ名人じゃない頃の「ハドソンの高橋さん」の記事。しかもこれ、コロコロじゃなくてボンボンの記事なんです。ハドソンといえばキャラバン、キャラバンといえばコロコロっていうイメージですが、このころはまだ他誌でも営業として活動してたんですね。

そしてこっちはもうすでに「名人」になってる第1回キャラバンの記事。高橋名人毛利名人も若い!。田舎育ちだったので、こういうイベントにはなかなか参加できなくて、雑誌の中だけで眺めるあこがれの存在でした。高橋名人本人に初めて会ったのは社会人になってから参加したライブイベント。名人は昔雑誌やTVで見たとおり、大きなお友達にもとても優しいおじさんでした。


ハドソンを辞めたあともゲーム業界でのお仕事をされる、とのことですから、その点は嬉しかったですね。今後のご活躍を心よりお祈りいたします。